葬儀の際に必要なものと言えば色々ありますが、最低限必要なものと言えば、喪服にお香典に…あと「数珠」ですね。
この数珠、葬儀の必需品ではありますが
- 法事に数珠は必要なのか?
- 「お通夜・葬儀・告別式・四十九日」ですべて必要なのか?
- 子供も必要なのか?
- 仏教以外や無宗教の場合はどうするのか?
知っている人は案外少ないのではないでしょうか?
私も成人した時に母に「ちゃんとしたものが必要になるから」と新しい数珠を買ってもらいましたが、数珠の意味までは教えてもらっていません。
そんな人がほとんどですよね。
日本人として知っておきたい数珠について、くわしくまとめました。
法事に数珠は必要か?
法事には基本的に数珠が必要です。
ただ、場合によっては不要なケースもあります。
「弔う場」という観点からすると他の式と同様に数珠は必需品なのですが、年月を経るごとに法要の規模も小さくなり、僧侶を呼ばずちょっとした食事会にするケースなどもあります。
中でも七回忌以降は、重要視せず行わない場合も増えてきています。
そのため、事前にどのようなスタイルで行うのか、施主に確認するのがいいでしょう。
僧侶による読経がある場合は、たとえ規模が小さくても礼儀として数珠は用意したほうが良いですね。
お通夜・葬儀・告別式・四十九日に数珠は必要?
故人を偲ぶ場においての数珠は欠かせない所持品だと分かっていますが、に色々なシーンがありますよね。
通夜・葬儀といった大きな式から、親類だけの法要など…。
数珠を用意したほうが良いか、それとも必要ないか、ご紹介していきます。
お通夜
お通夜には数珠は必要です。
故人を偲ぶために多くの人が集まるので、数珠を持っていないと恥ずかしいことになってしまいます。
例え供養の気持ちを持っていたとしても、周囲の人に伝わらなければマナー違反ととられてしまいますので、自分の為にも忘れずに持参しましょう。
ただし喪服の場合は、お通夜は「すぐに駆けつけてきた」という意味合いを表すため、ダークスーツやワンピースなどの略礼服でも良いという考え方があります。
本礼服を着て参列するのは、通夜に備えていたと捉えられ失礼に当たるということですね。
ただ、地域や参列者の考え方にもよりますので、鵜呑みにせず周りと相談したほうが良いと思います。
葬儀・告別式
葬儀や告別式には数珠は必要です。
故人を弔うためのメインとなる式です。
心からお別れと供養の意を伝えるため、ぜひ数珠は持ちましょうね。
また、どの式全般にも言えることですが、数珠は持ち主の身を守り清める道具という側面もあるため、忘れてしまったとしても他人の数珠を借りるのは重大なマナー違反です。
いざという時に恥ずかしい思いをしないためにも、普段から置き場所をしっかり決めておくか、ビジネスマンであれば鞄に常備しておくといいかもしれませんね。
四十九日
四十九日に数珠は必要です。
最近では初七日法要を葬儀の当日に「繰り上げ法要」として済ませる場合が増えてきたため、四十九日法要の重要性がますます高まっています。
四十九日法要は「忌明け」にあたり、故人の魂が極楽浄土に送られることをお祈りするための大事な弔いの場となります。
僧侶を呼び読経し、親類が集まり会席を設けます。
そのため、数珠はやはり必需品ですね。
思いを込めて、故人の成仏をお祈りしましょう。
無宗教は?子どもは?ケースバイケースな数珠の必要性
さて、ここまでご紹介したのはすべて仏教式の場合です。
例えば無宗教や他宗教の場合はどうなるのでしょうか?
故人が無宗教・キリスト教や神道など他宗教であった場合、式もそれに則ったスタイルで執り行われることが多いと思います。
その場合、仏教の道具である数珠は必要ありません。
逆に、式は仏教式なのだけど参列者が無宗教だという場合です。
厳密には仏教徒でなければ数珠は持つ必要がないものですが、仏教式で葬儀をするということは故人は仏教徒であり、式の宗派に合わせて持ち物を用意するということは、供養の意を表するということになります。
もし強いこだわりがなければ、用意したほうが良いでしょう。
次に、お子さんが参列者の場合です。
これは親御さんの考え方によるところが大きいのですが、小学校の高学年になるまでの間に自分用の数珠を持つ子どもが多いようです。
今は仏具店に行くと、子ども用の数珠が売られています。
小振りながらしっかりとした数珠で、見た目にもかわいらしいものが多いですよ。
ちなみに、よく雑貨店でも目にする、透明なゴムに丸石の通してあるブレスレット型の数珠は、「腕輪念珠」と言って本物の数珠の代用にはならないので注意してください。
まだ就学前位の小さいお子さんなら必要ないかもしれませんが、あえて数珠を持たせ、仏様に手を合わせる心について教えてあげるのも素敵かもしれませんね。
そもそも数珠はどうして必要なの?
数珠は「念珠」とも呼ばれ、丸く加工された木、または天然石がブレスレット状に連なった形状をしています。
使い方は、宗派によって異なるところはありますが、一般的に仏様や亡くなった方の霊に合掌する時に、手にかけて使います。
合掌以外で持つときは、左の手で持つか、左手首にかけておきます。
左手で持つ理由としては
- 仏教では左手は不浄だと言われているため(それを清めるために左手で数珠を持つ)
- 不浄なる手に数珠を掛けることで人間と仏様の出会いを表している
など、諸説あります。
珠の数は正式なもので「108個」で、これは人間の煩悩の数と同じだけ仏様を拝むことで、一つ一つ煩悩を断ち切れるという仏教の教えからです。
その言い伝えから、数珠は仏様に敬意を表し、心をこめて手を合わせる際に必要な道具とされ、今日まで受け継がれてきました。
葬儀の席で必要な理由も同じく
- 故人が安らかに仏様のもとへ行くことができますように
- 仏様がずっと守って下さいますように
といった祈りや供養の念を送るためなのです。
ですが現代においてそこまで理解している人は少なく、身だしなみのひとつとして考えられることが多いでしょう。
身だしなみの定義のひとつに「気持ちを形に表す」というものが挙げられます。
人に不快感を与えないために清潔な装いをする、お祝いの気持ちを表すため、結婚式でドレスアップするといったことですね。
葬儀の席も同様です。
私達日本人は、故人を偲ぶ気持ちを数珠を持つことや喪服を着ることで表してきました。
それは、口に出さずにさりげなく相手のことを思って行動する、日本人らしいコミュニケーションのひとつだと思います。
この習慣は大切にしたいですよね。
まとめ
私が通っていた幼稚園は仏教式で、よく朝の会で仏様の歌を歌ったり、仏教の行事を大切にしていました。
そのため、仏様の存在は割と身近だった気がします。
そんな幼稚園の卒園式で子ども達全員が手渡されたのは卒園証書と、小さな数珠でした。
プラスチックのビーズで出来た小さな細い数珠でしたが、房の根本の大玉を覗くと、中に仏様の絵が見えました。
その数珠が嬉しくて、なんだか一人の人間として認められた気がして、とっても誇らしかったことを覚えています。
大人と同じものを持つのって嬉しいですよね。
残念ながらすぐに壊れて新しいものを買ってもらったのですが、初めての数珠で手を合わせた時の自然と背筋が伸びる感覚は、今でもよく覚えています。
子どもでもちゃんと分かるんですよね。
そんな気持ちを今でも大切にしたいものだと思いました♪
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